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安定的で持続的な食料生産の拡充「飢餓をゼロに」 | 座談会

安定的で持続的な食料生産の拡充「飢餓をゼロに」

安全で安定した食料へのアクセスは、すべての人間活動の基礎となっています。ユニセフの資料によると、途上国では5歳未満児の死亡原因の約45%が栄養不良といわれています。また世界で8億人に近い人々が十分な食料を得られていません。加えて地域間格差も極めて大きくなっています。

近年では、気候変動等の影響により、干ばつ及び洪水による農業被害が拡大しています。また日本の漁業は、高齢化や経営難によって衰退しており、自然環境の変化や乱獲の影響もあって、水産資源が減少し続けています。一方で、世界では毎年、食用に生産される食料の3分の1(年間 約13億トン)が捨てられています。

食に関する多くの課題に対してYOKOGAWAとしてどのように貢献できるのか。今回は「安定的で持続的な食料生産の拡充」をテーマに、イノベーションセンターの4名に話を聞きました。

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世界では「食料不足」と「食料廃棄」が同時に問題になっている

――食料生産に関する課題をどのように捉えていますか?

坪田:
食料がないと、当然人間は死んでしまいます。食料不足と同時に「食料の廃棄」も問題になっています。先ほど提示されていたように、世界では食料の3分の1が捨てられているというのが事実です。

発展途上国では、食料が食べられる前の段階で捨てられています。その原因のひとつとして、食料を保管するのに適した倉庫がないということ等が挙げられます。ですので、発展途上国では倉庫を建てる等のインフラを改善することで、食料廃棄の問題を解決しようという試みがなされています。

一方先進国では、消費者によって多くの食料が捨てられています。この問題への対処として、食品の生産・出荷・販売・消費の量とタイミングをマッチさせる。加えて、物流時の温度コントロール等により鮮度・品質が保たれた状態で食品を届ける。そのようなコールドチェーンと呼ばれる物流の仕組みが発達してきました。需給ミスマッチによる廃棄、物流時の品質劣化による廃棄、それらに対処することで食品ロスの改善を図ろうとする物流の仕組みです。

こういった取り組みは既に各社で行われているので、YOKOGAWAとしては別の観点から新たなコールドチェーンの仕組みを考えています。後ほど詳しくお話ししますね。

――「食料の廃棄」と一口に言っても、地域や環境によって考え方が違ってくるのですね。

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気候変動によって影響を受けつづける農業。リスクヘッジとして「植物工場」の必要性が高まっている

――夏の猛暑や豪雨など、気候の異変については私たちも日々実感しているところですが、気候変動が農業に与える影響について初谷さんはどのように考えていますか。

初谷:
気候変動によって引き起こされる異常気象によって農作物への被害が拡大していることは事実です。特に露地栽培ではどうしても気候変動の影響を大きく受けてしまいます。そこから脱却するために現在開発に取り組んでいるのが、「人工光型植物工場」と「太陽光型植物工場」です。

植物工場は、光・温度・湿度・二酸化炭素濃度などの環境を制御することにより、安定した品質・収量で栽培・収穫ができる生産設備です。気候変動がこのまま10年、20年続くと、収量は確実に減少していくでしょう。そのためのリスクヘッジとして、植物工場が必要になってくると思います。

漁業における将来を見据えた持続的な食料供給の仕組みとは

――日本の漁業生産量は減少し続けていますが、中西さんは漁業をとりまく課題についてどのように考えていますか。

中西:
世界の人口は現在の約78億人から、30年後の2050年には約97億人になると予測されています。また、発展途上国の経済成長もあり2050年の食料需要は現在の約1.7倍になると試算されています。

このような急激な食料需要の増加に対して、食品ロスを減らす取り組みとともに、生産量を増やす取り組みも重要だと考えています。

地球表面積のうち、陸地は約3割ですが、耕作可能な場所は既に大部分が農地化されており、今後農地の大幅な増加は期待できないと言われています。一方、海は地球表面積の約7割を占めています。しかし、現在多く利用されているのは海洋生物が多く生息している沿岸域や一部の沖合湧昇域のみで、これは全海域のわずか 1 割に過ぎません。残りの9割の海域は未利用の状態です。なぜなら沖合では光合成に必要な栄養塩、すなわち肥料が乏しく、食物連鎖の起点となる植物プランクトンが少ないからです。しかし、そのような海域でも、下層には海洋深層水という肥料がたくさん眠っており、この肥料をうまく活用できれば、新たな水産資源を作り出せるのではないかと考えています。

――目先のことだけではなくて、将来を見据えた持続的な食糧供給の仕組みを考えていくことが必要なのですね。

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安定した食料生産に必要なのは“バランスのとれた社会システム”の構築

――村山さんは食料生産に関するさまざまな課題をどのように捉えていますか?

村山:
生産というのは、供給と消費のバランスのもと成り立っています。いかにバランスのとれた社会システムが構築できるかが重要です。生産・物流・消費そして無駄を減らしていく…。このサイクルがうまく循環しないと、持続可能な食料生産は実現しません。

坪田さんは物流、初谷さんは農業生産、そして中西さんは漁業生産の領域で研究を進めていますが、私は「消費」にも注目しています。

消費については、いろいろな課題が複雑に絡み合っており、どのように解くかが難しいところです。もちろん、供給も同様です。これらの複雑な課題を解くためにはまず知ることが必要ですし、知るためには「測る」ことが必要です。ですので私は「測る」ことに着目して、センサの開発を続けています。

――なるほど。これまでYOKOGAWAで研究が進められてきた「測る」という点に着目しているのですね。

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YOKOGAWAが「制御」の専門家として、世界の食料問題にアプローチする

――坪田さんは今回のテーマである「安定的で持続的な食料生産の拡充」に対して、YOKOGAWAとしてどのように貢献していくことができると考えていますか。

坪田:
「制御のYOKOGAWA」と言われるくらい、YOKOGAWAは「制御」の分野で注目されている企業です。これまでは工場の制御、つまり機械の制御を中心に研究開発を進めてきました。しかし食料というテーマに対峙するとなると、最終消費者としての人間の存在を無視することはできません。そして人間も含めた魚や農産物など、生き物すべてが食料に関連する重要なパラメータとなります。

今後はこうした生き物の制御まで視野に入れていかなければならないと考えています。今までのYOKOGAWAとは少し毛色が違いますが、次々と生まれる新たな問題に対しても、YOKOGAWAは「制御」の専門家として貢献できるのではないでしょうか。

――そうですね。あらゆる分野で制御の技術を培ってきたYOKOGAWAであれば、今後さまざまな分野に適用できるのではないかと期待しています。

「美味しい」という人間の感情の計測に、YOKOGAWAが挑む

――初谷さんはYOKOGAWAの研究がどのような部分で貢献できると考えていますか。

初谷:
やはりYOKOGAWAは制御のイメージが強いため、農業の従事者の方からも「制御」や「計測」の部分で期待されているのを感じます。プラントでは、計測方法が確立されていますが、農業の分野、特に露地栽培では環境を制御できないという点が根底にあるので、計測方法が確立されていません。そのため、データに基づいて環境を制御するのではなく、経験や感覚に基づき栽培が行われています。ですので、農業においてはまず「測る」ことから始める必要があると考えています。

そして最終的には「美味しさ」を測ることができればと思っています。例えば、レタス農家さんは日頃からたくさんのレタスを食べていらっしゃるので、これは美味しい・美味しくないというのが感覚的にわかるそうなんです。ですが、どう美味しいかは説明できないのです。レタスの水分量なのか、繊維量なのか、あるいは表面の凹凸なのか…既存の測器で計測して美味しい・美味しくないを判別できれば話は簡単なのですが、人間の「美味しい」という感情はすごく感覚的なもので、単純ではありません。それをどうやってセンシングしていくのかを考えていく必要があります。

その上でさらに“どうやって美味しいものを作るのか”ということを栽培環境と結びつけて制御していくことが必要だと思っています。農業の世界ではまだまだ計測できていないことが山のようにあるので、YOKOGAWAの計測技術や知識を活かしていきたいです。

――YOKOGAWAは計測と制御で期待されていますが、その中でもやはりこれまでと違った計測技術が必要になってくるわけですね。特に、環境が一定でないところでも計測できるようになれば「安定的で持続的な食糧生産の拡充」に近づけるのではないかと思います。

YOKOGAWAの技術で自然の循環を後押しする

――中西さんは漁業の分野に関して、YOKOGAWAとしてどのように貢献できると考えていますか。

中西:
我々が食糧としている魚などの水産物は海からもたらされます。そう考えると、海は自然エネルギーを使って、自然に存在する原料から我々に必要な食糧を作り出す食糧生産工場と言えるかもしれません。YOKOGAWAが得意とする計測・制御技術で、海(食糧工場)の持っている生産力を向上させることができるのではないでしょうか。ただし自然が対象なので、制御するというのではなく、海のことをよく理解した上で海の生産プロセスを少しだけ後押しすることで、循環のパイプを太くするようなことができればと考えています。

――なるほど。「相手のことをよく理解して、うまく自然の循環が回るように、少し後押ししてあげる」という形が理想なのですね。

水産物イメージ

YOKOGAWAが得意とする「計測・制御・情報」を駆使して、食の観点から社会システムをデザインする

――村山さんはYOKOGAWAの研究開発が食糧生産の分野でどのように貢献できると考えていますか。

村山:
YOKOGAWAの核は計測・制御・情報の3点です。私はこの3つで“社会システムのデザイン”ができるのではないかと考えています。食という観点で社会システムを創り上げることで、新たな食のあり方も見出すことができるだろうと個人的には考えています。YOKOGAWAがこれまで培ってきた経験や技術を活かして、社会システムの設計に貢献できるはずなので、その足がかりを作るための取り組みをしたいと考えているところです。

――これまでプロセス産業の基盤をサポートしてきたYOKOGAWAですが、今後は食糧生産の基盤もサポートできるのではないかということで、将来に向けて夢が広がるお話が聞けたかと思います。ここからは今回の座談会のテーマである「安定的で継続的な食糧生産の拡充」と、皆さんが取り組んでいる研究テーマとの関連性について、皆さんの研究が食糧生産を取り巻く問題に対し、どのように貢献できるのか聞かせてください。

「AI農業」で、気候変動に左右されない安定した食糧供給の実現へ

――初谷さんは 「AI 農業」に取り組まれていますね。

初谷:
はい。AI農業では人工光型植物工場と太陽光型植物工場という、環境制御の可能な植物工場をターゲットとして研究開発を行っています。環境制御の可能な植物工場ですと、地球温暖化のような気候変動に左右されない安定した食糧供給ができます。

人工光型植物工場や太陽光型植物工場では、露地栽培を前提として開発された種子の中から水耕栽培に適した種子を選んで栽培しています。今後は人工光型植物工場、太陽光型植物工場それぞれに適した種子を新たに開発することが必要だと考えています。植物工場で計測した植物体データや環境データを活用し、「育種」に繋げたいと思っています。

品種に基づく蓄積された植物工場の栽培環境データや収穫結果のデータにより、気候変動に強い安定した品質を確保できる新品種の開発に貢献したいと考えています。種子の開発には1つにつき約6年~10年以上の歳月がかかると言われています。種子の開発期間を短縮できれば、地球の気候変動にもうまく追従できますし、結果的に安定した食糧が供給できるようになるでしょう。

――農業の現状を改善するだけではなく、将来の持続可能な食糧の供給までを視野に入れているのですね。

植物工場イメージ

新たな生態系の形成を促進する「海洋牧場」で、持続可能な食糧供給を目指す

――中西さんは「海洋牧場」というテーマで研究に取り組まれていますね。

中西:
近年、水産資源の枯渇により天然の魚が捕れなくなってきており、それを補う形で養殖が盛んに行われています。しかしその養殖の餌は天然の魚がベースになっているため、天然の魚が獲れなくなると養殖もできなくなる可能性があります。つまり、これからは地球全体として生産される水産資源量を増やしていくことが必要だと思っています。

先ほどもご説明しましたが、海洋生産力が低いため利用されていない海域が 9 割程あり、その下層には窒素やリンなどの肥料がたくさん眠っています。 その肥料を表層域に持ってくれば、光合成が盛んになり、植物プランクトンが増え、それを食べる動物プランクトンが集まります。それを小魚が餌とし、その小魚を大きな魚が食べるという食物連鎖を通して、新たな水産資源を確保できるようになるのではないかと考えています。そこで、まずは肥料を多く含んだ深層水を表層に汲み上げ、植物プランクトンを大量に発生させることに取り組んでいます。

――なるほど。広大な海洋の一部を工場に見立てて、海洋の循環をうまく後押ししようと試みているのですね。インタビュイー写真_food5

複雑な課題を解くために必要なのは「知ること」、知るために必要なのは「測ること」

――村山さんの研究テーマは「超高感度分光センサ」ですが、このテーマと食品の関連性について教えてください。

村山:
食糧生産以外にもいえることですが、まずは何が起きているのかを知ることが大事だと思っています。私はそのための計測手法を開発しています。分光センサは、物理的な情報と化学的な情報を両方取ることができます。このセンサを使って物理的・化学的に何が起きているのかを解析することで、制御や管理に活かせるのです。食品だけでなく、あらゆるものをターゲットに広く使われていくことを想定しています。

――YOKOGAWAは高度な計測の技術を持っています。計測は食糧生産へのアプリケーションという点でも重要なテーマですので、さらなる発展を期待しています。

「美味しさ」をコールドチェーンに乗せることで、食糧のサステイナビリティを実現させる

――コールドチェーンの研究開発を進めている坪田さんは、安定的で持続的な食料生産の拡充について、どのように貢献していこうと考えていますか。

坪田:
コールドチェーンと言われるとまず温度が制御されたサプライチェーンをイメージされると思います。確かに温度等が制御されたサプライチェーンなのですが、保証できているのは実は「物量」なのです。食品を物流段階でダメにしないために、物量をいかにタイミングよく出すかということが行われているわけです。もちろん、物量を確保することは大事なことですので、「海洋牧場」や「AI農業」に関してもまずは物量を適切にコントロールすることを目指して、すでに色々な取り組みが行われているところです。

しかしサスティナブルという点でいえば、物量が行き渡るようになった後にどうするかが重要になってきます。対象が食糧である限り、消費者が存在します。供給できても捨てられては意味がない。捨てられないようにするためには、美味しくないといけません。ですので、物量だけではなく「美味しさ」もサプライチェーンに乗せる、つまり保証する必要があると私は考えています。

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「美味しさ」というのは供給するものではなく、消費者が“感じること”です。メーカー側や物流側の視点ではなく、消費者側の視点で考えなければいけません。また「美味しさ」は必ず個人差を伴うものですので、個人差も含めて“美味しさとは何なのか”を考える必要があります。

「美味しさ」はコールドチェーンと一見関係なさそうに思えますよね。人間の感性に関することなので無理もありません。しかしそれこそがサステイナブルな食糧供給を実現させる重要なパラメータだと私は捉えています。

「美味しさ」とは何なのかを知り&制御する、そのためにはまずは人間の感性を数値化しなければなりません。脳波や表情、言葉などを使って人間の感性評価を数値化することで「美味しさ」に紐づけることができるようになるのではないかと考え、様々な研究を進めています。いつでも美味しいものが食べられる、そんな楽しい食事の場をつくることで、食糧のサステイナビリティを実現させることを目指しています。

――なるほど。食糧を循環させるだけではなく、無駄を減らすために人間の感性にまで切り込んだ非常に重要なテーマですね。

「安定的で持続的な食糧の拡充」という課題に対して、皆さんの研究開発が今後ますます貢献していくことを期待しています。

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