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安全な飲料水の拡充 | 座談会

安全な飲料水の拡充

SDGsの目標としても掲げられている通り、「安全な水の確保」が世界中で求められています。地球は水の惑星といわれていますが、実際にはほとんどが海水で、地下水や河川、湖などの水は0.6%しかありません。そんな中で人口は急速に増加しており、このままいくと2030年には水資源量が約40%不足するという予測も出ています。

安全な水の供給と公衆衛生の改善は、人間の安全保障の観点から非常に重要な課題となっています。事実、不衛生な水の使用や不十分な手洗いによる疾病で年間50万人が死亡しているという現状があります。また、2015年時点で8.4億人が基本的な給水サービスを利用できていないということも深刻な問題となっています。

こういった課題に対し、YOKOGAWAの研究開発がどのように役立つのか。水プロジェクトに携わる4名の研究者に話を聞きました。

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日本と海外での「水」に対する意識の違いとは

――世界の水に関する様々な数字。これらについてご存知でしたか?

松井:
はい。もちろんです。もっと根本的なところからお話しすると、日本と海外では水に対する意識に大きなギャップがあります。例えば日本だと、雨が降るのは当たり前ですよね。雨が降ると川は濁ります。その濁りは基本的には比較的処理しやすい粘土質の土によるもので、放っておいても沈殿していきます。ですが、海外に行くと状況は異なります。

私は20代の頃にアジア・アフリカ・中南米を転々として、安全な水の開発に取り組んでいました。井戸の開発をはじめ、アフリカの地方でも自助努力により継続的に浄水できるようなシステムを考案したこともありました。そこで重要なのは、海外の水には処理をしなければならない2つの毒性があるということです。1つ目は急性毒性といって、飲んだ数時間後に発症してしまうような毒性です。2つ目は慢性毒性で、ずっとその水を飲み続けると関節に障害をもたらすフッ素や、発がん因果のあるヒ素の毒性です。海外では、それらの毒性を含んだ水を飲まざるを得ないという状況にあったりします。

海外と日本の違いは他にもあります。日本では「絶対にリスクがない水=安全」という認識ですが、海外では「年間で飲み続けて1万人に1人以下しか発症しなかった水=安全」という定義です。海外では、日本のような「絶対安全」という考えはなく、常にリスクを意識しながら、水を使わなければいけません。

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求められているのは、世界各地の「安全の定義」に合わせたサービスの供給

――松井さんは、この課題に非常に深い思い入れがあるそうですね。

松井:
はい。かなり思い入れがあります。「安全な水」って何だろうと考えた時に、日本では「これはきれいな水だ。だから絶対に安全だ」ということになりますが、グローバルな視点に立つと「安全」という言葉だけでは不十分なんです。どういった点で「安全」なのか、どういう意味で「安全」なのかという定義がそもそも違います。それぞれの地域の定義に合致したサービスや技術を提供する必要があるので、20年近くずっと水というテーマに関わってきました。

我々は企業に務めている以上、ビジネスとパブリックヘルスを両立させる義務があります。水というテーマを扱う場合にも、YOKOGAWAにとってどの分野や領域がビジネスになり得るのかを常に考えなくてはいけません。

――20年近く研究しているテーマが今まさにYOKOGAWAで進めている取り組みに繋がっているということですね。日頃から当たり前のように飲んでいる水ですが、こういったグローバルな課題について、川田さんはどのように考えていますか。

川田:
私は現在アメリカで行われている「下水処理のプロセスを最適化する」というプロジェクトに参加しています。先ほどご提示いただいた課題については、もともと知っていました。日本では下水の水を飲もうという発想はありませんが、海外では処理した下水を飲むという感覚があるのも、大きな違いだと思います。

そもそも下水処理には、意外とエネルギーを消費してしまうという課題があって。日本の下水処理は、放流基準を遵守するために過剰なエネルギーを消費しているケースが多くあります。ですので、処理水質を基準値以下に維持しながら、いかに省エネな運転を提供するかというところに重点を置いています。しかし海外では、下水を処理して飲料水にするために、エネルギーを多少使ってでも、「より安全な」処理水をつくるというところが最も重要になってきます。それぞれ異なった課題がありますが、「水質をコントロールする」というところは、根本的には同じですよね。

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YOKOGAWAとして世界の水問題に挑む

――田口さんは水というテーマをどのように扱うべきだと考えていますか。

田口:
我々は元々、水だけでなく、食品を含めて、人が生命を維持するために必要なものに対するセンシングの技術開発を進めてきました。日本でもフードロス等、様々な問題がありますよね。食品や水をターゲットとして、世の中に貢献するために日々努力をしています。

――YOKOGAWAとしてもこれまで水処理ビジネスに取り組んできていますが、基本的には日本をターゲットとしていましたよね。海外に対してあまり積極的ではなかったと思うのですが、その辺の意識は変わってきましたか?小松さん、いかがでしょう?

小松:
そうですね。実際には海外でも中東やアジアなどで水ビジネス実績があり、JICA活動なども行っていますが、まだまだこれからというところです。一般的に、水問題はグローバルに大きくなっており、YOKOGAWA としても対応が必要だと考えています。我々も今まで色々な事業や研究開発を展開してきましたが、やはり水や食品というところに事業をシフトさせるにあたっては、新しく次々と挙がってくる課題に対して、積極的にアプローチしていくということは必要だと思います。

――今後もYOKOGAWAは水ビジネスについても積極的にグローバルな展開をしていくということですね。

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水プロジェクトの第一歩、ターゲットは米国

――皆さんの研究は具体的にどういったところに貢献していくのでしょうか。松井さん、いかがですか?

松井:
私はこれまでプラント・エンジニアリング業界や、コンサル、大学にいたこともありまして、現在YOKOGAWAでは1.5年生です。YOKOGAWAにいる以上は、YOKOGAWAの商材を使って、ビジネスになり得るところを考えなければなりません。そうなると、やはりターゲットは「アメリカ」だと思います。

日本もそうですが、アメリカは予算が承認されると大体そのプロジェクトは確実に進んでいきます。それが途上国になると、選挙が起こる度にいろいろなことが大きく覆ってしまって、ゼロからやり直しなんてことも良くあるんです。調達を見込んでいたお金が急になくなることも、平気であるわけですよね。そのようなリスクも考慮して、まずは「アメリカ」に着目しました。

それと、アメリカにはいくつもの干ばつ地域があるんです。カリフォルニア州では、人口約4000万人。非常に大きな州ですので、アメリカの西側と東側では水に対する考え方もずいぶん違います。カリフォルニアからフロリダまでのサンベルトという地域では、多くの都市や地域が水不足に関わる水問題に直面しています。加えて、人口が増加しています。あとは、地球温暖化の問題も影響していて、コロラド川の水位が減っているという現状があります。そのため、人口が増える割に水が供給できない、いわゆる「水ストレス」が起こってしまいます。需要と供給のバランスが崩れ、ストレスが強まっている中で舵を切り出したのは、「下水の再利用」でした。

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下水の再利用で、干ばつ地域の水ストレス解消へ

松井:
サウジアラビアなどの中東で行われているように、海水淡水化という方法も考えられるのですが、そこには一つ大きな問題点がありまして。海水淡水化には多くのエネルギーが必要となります。石油などの化石資源を燃焼させ海水を熱し、気化した水を再度冷却することで淡水を得るのですが、サウジアラビア国内の原油価格と、国際価格とでは10~20倍も違うんです。アメリカで同じことをやろうとすると、それはもう大赤字です。アメリカでのリーズナブルな水の供給や水源の確保を考えると「下水の再利用」に行きつきます。そういったことから、YOKOGAWAでも「下水の再利用」に着目しました。

水がないと生きていけませんし、都市は成長しません。日本の都市では、水道料金に関して、基本的に総括原価方式が採用されています。年間の予算を売上に応じて100%回収するという方法がとられています。この方式ですと、極端に言えば水道料金が2000円のところもあれば9000円のところもあったりするわけです。一方、ロサンゼルスやラスベガスでは、水がないと都市が成長しないという発想があるため、総括原価方式はフィージビリティがないということで、採用されません。そのため、公的資金を注入して、プロフィット・アンド・ロスを成立させるということもあります。

私が日本で水の問題に取り組もうとしたとき「水って本当に儲かるんですか」と、多くの方に言われましたが、それって実は日本の発想なんです。アメリカでは、水は都市を支えるインフラ。水がなければ都市をお成長し維持できないという考えなので、キャッシュフローも日本と全然違うし、財政的な考え方が根本から違います。そういった理由で、アメリカをターゲットに、海水淡水化よりは継続的な運用に長けている「下水の再利用」に着目して技術開発を進めています。

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これからは、水処理技術による水の浄化をいかに「可視化」できるかがポイントに

松井:
さらに言えば、YOKOGAWAが特に注目しているロサンゼルスは、「水ストレス」のかなり高い地域として名前が挙がっているということです。ロサンゼルスで現地のお客様とやり取りをし、現地で事業化を成功させるためには、高度な水処理技術によって水がキレイになっているということを可視化していくような考え方が求められています。その「可視化」というところに、YOKOGAWAが強みとしている技術が当てはまるのではないかと感じています。そのようなことも含めて、「米国再生水」というテーマを立ち上げました。

また、米国では「AIやIoTなどの機械に公衆衛生にシステムを委ねてしまっていいのか」ということも問題になっています。それって一体誰が保証するの?ということですよね。公衆衛生に関しては、倫理的な問題もあるため、やはり人間が責任を持ってスイッチを押したりポンプを起動したりする必要があると思います。そういったことも含めて、私のようなエンジニアと、法学者と、パブリックアクセプタンスという住民側に立つ水道局さんと一緒に三位一体の開発を行っています。そのようなユーザーサイドに立った提案というのが米国再生水の面白いところだと思います。

私自身、長くプラント・エンジニアリング業界に勤めていたこともあり、現在もYOKOGAWAでシステム設計を行っています。システムや技術というのは、どんどんコモディティ化し、次第に基礎技術を身に着けた人なら誰にでもできるようになってしまいます。そうなると必ずしも日本の企業がプラント・エンジニアリングを担当する必要はなくなります。これからは、「どのようにして公衆衛生上の安全を担保していくか」の可視化情報を取り出し、管理し、運営に反映させていくかが大きな差別化のポイントになると考えています。

――なるほど。YOKOGAWAとしていかに差別化を図っていくかが鍵になるということですね。

現地の水問題を肌で感じ、研究にかける想いがさらに深まる

――「水」をひとつの重要なテーマとして、昨年から経産省でプロジェクトが始まり、今年も米国での取り組みが進められています。昨年の取り組みの中で川田さんと田口さんの研究テーマを、実際に米国でトライしたんですよね。そのことについて詳しく教えてください。

川田:
はい。現在私が携わらせてもらっているのは、下水処理のプロセスを最適化するためのソリューションです。昨年度の経産省のプロジェクトでは、ファーストステップとして、お客様からいただいた操業データでフィージビリティスタディを行い、省エネの提案をするとともに、「こういうことができますよ」という技術紹介をするという段階でした。

しかし今年度の目的は「下水を処理して飲料水にする」ということなので、エネルギーの消費を抑えつつ、できるだけ処理水質を良くすることがポイントになってきます。実際、少しずつ前に進むことができています。お客様ともたくさんコミュニケーションがとれるので、勉強にもなりますし、とても楽しくお仕事をさせていただいております。

昨年ロサンゼルスに行かせていただいたのですが、ロサンゼルスへのイメージが大きく変わりました。華やかな印象があったんですが、実際は本当に乾燥していて、雨もなかなか降らないし、山火事が頻繁に起こるような地域でした。そのような乾燥した地域に、技術で貢献していきたいなという思いがあります。

現在はアメリカをターゲットに開発を進めていますが、次はもっと水が足りないような地域に技術を応用できるようにしていきたいです。地域の課題に合わせて「どういう操作をすると、どういう水質になるのか」を予測しながら、安全で安定した技術をお届けすることが我々の役割だと考えています。

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YOKOGAWAが世界に誇る「測る」技術を活かして

――田口さんはどのような経緯で今回のプロジェクトに参加することになったのでしょうか?

田口:
もともと我々のプロジェクトの目的というのは、「微生物を測る」ことにありました。「微生物を測る」というのは、根本的には「遺伝子を測る」ことで具現化するアプローチをとっています。その技術を活用して、「有害な微生物をどれだけ早く検査できるか」をテーマに研究を進めていました。

微生物の測定方法は、世の中にいくつかありますが、結果が出るまでに最低1週間はかかってしまいます。これまでにもペットボトル60万本回収などというニュースがありましたよね。検査の時間が長いことが原因で、有害な微生物が繫殖してしまい、そのような事故が起こるんです。そういった状況を何とかしたい、というのが我々のプロジェクトの本来のコンセプトでした。

遺伝子が含まれていない食品は、実はこの世にほとんどないので、まず食品分野での研究開発を進めていましたが、松井さんに声をかけていただき、現在の水プロジェクトにも参加することになりました。

当然、食品も水も、生命の維持にとって非常に重要です。「安全な水をつくる」ということに関しては、私は水処理のプロではないので、松井さんにお任せしています。しかし、いかに安全になったとはいえ、昨日まで下水だったものを飲むかと言われたら、なかなかハードルが高いですよね。今後は「安全」に加えて「安心」というのも保証できると、いいのかなと思います。「安心」を与えられるような情報を提供していくことも、我々の務めなのではないでしょうか。

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――今回の水プロジェクトで、川田さんの研究テーマはどのように活かされましたか?

川田:
我々の開発したシステムを実際にアメリカに持って行き、現地の方に使っていただきました。手ごたえを感じていただけたようで、今年も続けてこのプロジェクトに携わらせていただいています。

 YOKOGAWAとして世界各地の水問題へアプローチしていくために取り組むべき優先課題とは

――松井さん、田口さん、川田さんの3名は「米国再生水」に注力していらっしゃるということですが、小松さんはYOKOGAWAグループ全体の水ビジネスのあり方についてどのように考えていますか。

小松:
そうですね。水事業を立ち上げるということは、YOKOGAWA全体でのミッションとして考える必要があると思います。現在、YOKOGAWAグループ横断の活動として水事業CoEを立ち上げて取り組んでおり、石井課長のもと、私がリーダーを務めています。水事業CoEでは、遺伝子解析や科学機器で培った計測技術をキーとし、DX領域を強化し差別化を図り、時代の求める新たな水ビジネスを営業や開発等の部署と連携し、創出に向けて活動しています。

これまでの国内で培った浄水場や下水場に提供してきたシステムをそのままグローバルに展開するのではなくて、国や地域の事情(ニーズ)に合わせてカスタマイズを行ったビジネス展開を目指しています。現在取り組んでいるような米国再生水や、中国での下水処理の効率化、東南アジアでの漏水の改善など、それぞれにチームを構成して取り組んでいます。

既存の事業以外にも、これから様々な地域でビジネスを構築していくために、どのように問題を解決していくかを考えなくてはなりません。技術をどう取得していくか、社内でどう体制化していくか、といったことを考えながら進めているという状況です。

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――今までは日本を中心としてきた水ビジネスですが、それをグローバルにどのように展開していくかというところに苦労されているようですね。

松井:
そうですね。現地に水ビジネスのわかるYOKOGAWAの人間がいないという点で苦労している部分はあります。石油および化学等のプラントに対応するSEや、営業担当者は米国にもいます。しかし、現地のプラントには、YOKOGAWAの水処理ビジネスのサービスにすぐに対応できる人間がいないのです。現地でビジネスを立ち上げる際のスピード面や、技術面、お客様に対するアポイントメントを含めてなかなか難しいところではあります。そういった体制についても変えていかなくてはなりませんね。

――YOKOGAWAは売上の7割は海外からということもあり、まさにグローバル企業になってきています。今までは石油や化学が中心でしたが、今後は水分野でのビジネス展開も注目ですね。

小松:
はい。それが水事業CoEの狙いです。

今後の水ビジネス発展の鍵を握るのは、グローバル人材の育成

松井:
ビジネスを成長させるためには、やはり人財育成もすごく重要です。私自身、修行を積んだのは20代ですし、30代でもう一度現場に出ていくために公衆衛生や水処理工学を大学で勉強し直したという経験もあります。

これは水という研究分野に限った話ではありませんが、海外の現場を熟知して、そこで得たことを自分の研究テーマに落とし込めるような人財を育成していかなくてはいけないというのは、この1年で強く感じました。

幸い水に関しては、協力してくれる現地の企業や大学ネットワークや私の思想に共感してくれる支援者がいますから、イノベーションセンターの若手を派遣して、その分野での知識と経験を持って帰ってきてもらえたらいいな、という思いはあります。グローバルな視点で考えることができ、自分の研究テーマに結びつけられるような若手を育てていくべきです。

――そうですね。会社としてもグローバルビジネスとはいいながら、グローバル人財を育てるのはなかなか難しいところがあります。イノベーションセンター全体としてもグローバル化に向かって優秀な人材を育てていきたいものです。

安全な飲料水の確保というテーマで、皆さんの研究がYOKOGAWAのビジネスを引っ張り、世界へ益々貢献していくことを信じて、今後のご活躍を期待しています。

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