背景
製薬企業は、新しい医薬品を開発するために技術革新を進めています。近年、これまで主流であった化学合成で生産する医薬品に加えて、生きた細胞で生産する抗体医薬品やタンパク質医薬品などのバイオ医薬品の開発が盛んに行われています。
YOKOGAWAは、この技術革新に対して、新しい製品・サービスを提供し、製薬企業の研究開発・生産に新たな価値を提供していきます。そのために、現在、細胞にバイオ医薬品を生産させる工程である培養プロセスを、安定かつ効率的に運転するための技術開発を行っています。具体的には、培養中の細胞の状態や生きている細胞の数をモニタリングする技術と、細胞の状態を予測して制御する技術の開発を行っています。
通常の培養プロセスは、培養液のpHや培養液中の酸素濃度など細胞の周囲環境をモニタリングしながら運転されています。横河が開発しているモニタリング技術により、培養タンク内の細胞状態をリアルタイムに把握できるようになります。そして、予測制御技術により、細胞の増殖に伴う状態変化を予測し、その時々に必要な栄養源を投入できるようになります。そうすることで、常に細胞がバイオ医薬品を生産するために最適な状態で培養を行うことができると考えています。
YOKOGAWAは、開発した技術を統合した培養システムを、創薬から生産プラントにわたって利用可能なバイオ生産プラットフォームとして提供することを目指しています。
技術
YOKOGAWAは、バイオ生産プラットフォームを実現するために、次の計測制御の要素技術に取り組んでいます。
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細胞状態を計測する技術
近赤外(NIR)分光分析法により、細胞が取り込む栄養源の濃度と,細胞が細胞外へ排出する代謝産物の濃度をリアルタイムに測定します。栄養源と代謝産物が近赤外光を吸収することから、培養液中に設置した測定プローブにより近赤外吸光スペクトルを取得することで濃度変化を捉えます。 細胞は、栄養源を細胞内に取り込んで代謝することでエネルギーを生み出し、抗体やタンパク質などの医薬品を生産します。そこで、細胞が取込んだ栄養源(グルコース)と代謝によって細胞外に排出した代謝産物(乳酸)をモニタリングすることで、培養中の細胞の状態を計測することができます。
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生きている細胞数を計測する技術
電気インピーダンス測定法により、生きた細胞の個数をリアルタイムに測定します。電場中に存在する生きた細胞は、細胞膜の内外に電荷を分極させる誘電緩和の現象を起こします。一方、死んだ細胞では細胞膜が壊れてしまっているため電荷の分極は起きません。その結果、生きた細胞の数に比例して培養液のキャパシタンスが変化します。 この特性を利用して、培養液中に設置した測定プローブで培養液のキャパシタンス変化を測ることで、生きている細胞数を計測することができます。
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細胞の代謝を予測して制御する技術
細胞の動きを数式でモデル化することで、細胞の代謝状態を予測して,細胞が医薬品を生産するために適切な培養環境に制御します。細胞の代謝状態の変化は、細胞の増殖速度や栄養源の消費速度の変化に表れます。そこで、生きている細胞数と栄養源や代謝産物の濃度のリアルタイムな測定値を入力とする細胞代謝の数理モデルを構築することで、細胞の増殖速度や栄養源の消費速度を推定、予測します。この予測に基づいて培養環境を制御することで、細胞の状態を最適に維持することができます。
将来構想
YOKOGAWAは、培養を中心としたバイオ生産プラットフォームを、製薬業界に限らず様々な産業へ提供していきたいと考えています。
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バイオ医薬品生産の安定化・効率化
バイオ医薬品を生産する細胞培養プロセスにおいて、生産物の収量や品質安定性の向上に貢献します。さらに、近年のバイオ医薬品生産においては、長期間連続的に培養を行う次世代の生産方法が期待されています。連続培養においては、常時培養状態をモニタリングし、安定な状態を維持する必要があります。YOKOGAWAが開発しているインラインでの計測と予測による制御の技術は、効果的なツールになると考えています。
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様々な産業の生物による物質生産プラントへの展開
昨今、様々な産業において、生物(微生物や細胞)による付加価値の高い素材や物質の生産が期待されています。例えば、エネルギー産業におけるバイオマテリアルを素材としたアルコール生産、食品産業における新しい菌株の開発、素材産業における軽量かつ高剛性な新規素材の生産などは、微生物や細胞の培養プロセスにより実現される見通しです。YOKOGAWAは、これら産業向けに開発技術を水平展開し、生物をマイクロプラントとする新しい生産システムの実現を通して、産業のさらなる発展に貢献していきたいと考えています。