背景
病気や事故によって身体の臓器の機能が失われると、他の人などから同じ臓器を移植する治療方法があります。しかし、臓器移植には慢性的なドナー不足の問題があり、また拒絶反応が起こるリスクもあります。こういう状況の中、iPS細胞は様々な臓器の細胞や組織を作りだすことができるため、将来的にはiPS細胞を使った「再生医療」が、これらの問題やリスクを解決することが期待されています。
このような背景から、iPS細胞から体の各臓器の細胞や組織を作る方法が研究されていますが、実現のためには様々な問題が存在します。YOKOGAWAは、その中でも重要な二つの問題の解決に向け取り組んでいます。一つ目の問題は、iPS細胞から目的とする細胞を大量かつ安定的に生産する技術が確立されておらず、品質にばらつきが生じることです。また、二つ目の問題は、人間の体の中にある細胞や臓器と同じくらい機能が高い細胞や臓器を、iPS細胞から作る方法が確立されていないことです。YOKOGAWAは、インラインの品質管理技術と細胞組織の高機能化を実現するための細胞育成技術の開発に取り組み、高機能な細胞組織の安定生産の実現に貢献します。
技術
YOKOGAWAは、細胞に与える影響が少ないイメージング技術をベースにして、細胞生産における問題の解決に取り組んでいます。
1.イメージングをベースとする細胞評価技術
目視による顕微鏡観察およびイメージングは、細胞への影響が少ない評価手法として、細胞培養中の標準的な手法として用いられています。YOKOGAWAは、細胞イメージングからより多くの情報を取得したり、再現性良く撮影を自動化したりする装置を提供することで、今までも最先端のライフサイエンス研究を支えてきました。このイメージング技術を細胞の生産現場にも活用して、前述の二つの問題を解決することを目指して、研究開発を行っています。
1-1. インライン品質管理技術
細胞を生産する際の日常的な品質管理は、目視による顕微鏡観察で行われています。しかし、この方法では、検査結果に個人差が生じることや異常の見落としが起こることなどにより、細胞の品質にばらつきが生じます。細胞の品質を安定化させるためには、生産中の細胞の状態を定量的に評価することが不可欠です。そこでYOKOGAWAは、細胞を抜き取らずに、また細胞にダメージを与えずに生産中の細胞の状態を定量化する技術の開発を進めています。
この定量化技術は、細胞の増え具合や形の特徴を示す複数の項目を数値化し、この「細胞の特徴」を時系列に沿って示すものです。これまで生産中の細胞の良否の判断は、作業者の目視と経験に頼る感覚的なものでしたが、この技術によって、定量的な情報を基にした細胞の生産管理が可能になります。
この技術は、これまでYOKOGAWAが培ってきた生きた細胞のイメージング技術により得られた画像から、生産中の細胞の良否を機械学習させたソフトウェアにより自動判定するものです。このような生産管理を実現することにより、お客様には①人件費・人材育成費、②開発コスト、③成功率向上による生産コストをそれぞれ削減する、という価値ももたらします。
1-2. 原料細胞の品質評価システム
iPS細胞は作製時に、細胞の提供者や種類、初期化方法などの要因から、様々な個性を持った細胞株が生じます。また、同一の細胞株であっても、その後の取り扱いなどにより品質が変わる可能性があると言われています。そのため、安定的で効率的な生産を行うためには、原料細胞の品質を評価することが必要となります。しかし、細胞品質を評価するためには、非常に手間がかかる破壊試験が必要です。そこでYOKOGAWAは、アカデミアや他企業と協業しながら、様々な細胞製品の原料となるiPS細胞の品質を、AI技術を活用して評価するシステムを開発中です。
2. 細胞育成技術
体の中と同じくらい高い機能を持つ細胞や臓器を、iPS細胞から作り出す方法が確立されていないことも、細胞生産における問題です。現在の細胞の生産方法は、体内で細胞や臓器が作られる環境とは大きく違っている培養皿上で行われています。この環境の違いが、機能が高い細胞や組織を作れない原因の一つと考えています。
そこでYOKOGAWAは、細胞や組織の高機能化のためには、細胞を培養している環境と、その環境における細胞への信号の与え方を、生体内の状態に近づけることが重要であると考えました。そして、生体の中で組織が作られるときの細胞が接着する足場となる材料(細胞外マトリックス)や信号物質、栄養素などの細胞育成環境に着目しました。そこで、細胞足場材の微細加工システムや、細胞周囲の重要成分の計測システム、その重要成分の添加をリモートにコントロールするバルブ機構、といった細胞にとって最適な培養環境を提供する細胞生育技術を開発しています。
将来構想
YOKOGAWAは、インラインでの品質管理技術と細胞育成のために最適な培養環境を提供する技術を組み合わせた生産システムの構築を目指します。このようなシステムは、安定かつ高品質な細胞生産の支援に繋がり、お客様の事業効率化に加え、再生医療の発展に貢献できると考えられます。
iPS細胞から肝臓や膵臓など目的の細胞に変化させる培養工程は、培地の組成を変えていく複雑なもので、その期間が30日を超える場合もあります。インラインでの品質管理技術は、長期の工程を安定化させ、非侵襲であることから目的とする細胞の収率を向上させることも期待できます。さらに、最適な培養環境を提供する技術を用いて、これまでの培養皿やマニュアル操作では実現できない培養環境を提供することで、育成する細胞がその細胞が持つべき機能を、高い水準で実現することが期待できます。