高等植物研究の世界で、動物研究におけるHeLa細胞に匹敵するstandard cell lineとなったタバコBY-2細胞の確立を始め、世界で初めて高等植物の分裂期を通した細胞骨格や液胞の動態観察に成功するなどの、卓越したバイオイメージング技術と、独自開発した画像解析ソフトウェアを駆使して、植物の細胞内構造の動的変化を詳細に解析し、データベース構築を進めている東京大学新領域創成科学研究科先端生命科学専攻馳澤研究室で、主にアクチン繊維の動態を追求されている桧垣匠先生を訪問しました。
桧垣先生のご研究について、教えてください
馳澤研究室では、植物細胞の成長・分化・形態形成・細胞分裂周期の各過程における細胞内構造(細胞骨格、各種オルガネラ)の動態をリアルタイム観察し、 独自の画像解析ソフトを用いた定量的な解析を通して、細胞内構造と細胞機能の相互作用の解明を目指しています。 私は、その中でも特にアクチン繊維の動態と役割を明らかにしたいと考えています。
私達は、アクチン繊維結合タンパク質とGFPとの融合コントラクトをタバコBY-2細胞に>導入した結果、従来一般的には固定染色で断片的にしか観察しかできなかった植物アクチン繊維の動的変化を世界に先駆けて細胞分裂期を通して生体可視化することができました。
また、植物細胞の体積の大部分を占める巨大液胞の構造維持と動態にアクチン繊維が必要不可欠であることを両者の同時ライブイメージングにより見出しました。このアクチン繊維-液胞系は細胞分裂やプログラム細胞死の過程に深く関わることも明らかになってきました。
現在最もアクティブに研究しているのは気孔開閉運動におけるアクチン繊維や細胞内構造の役割の解明です。気孔を形成する孔辺細胞は細胞体積を可逆的に変化させるという点で魅力的な材料ですし、大気環境と植物の接点という意味でも重要です。 各種オルガネラの可視化ラインが充実しているシロイヌナズナをモデルとして、アクチン繊維を含めた各種細胞内構造を俯瞰的に可視化解析することで、気孔開閉運動の細胞生物学的な理解を深めたいと思っています。
また、これら画像のデータベース化も進めており、一部の画像についてはLIPS(Live Imagig of Plant Stomata)databaseとして公開を始めました。
桧垣先生とLIPSデータベース
BY-2細胞の細胞周期ごとのアクチン繊維構造
(a)S期 (b)G2期
(c)分裂中期 (d)分裂終期
共焦点スキャナユニットCSUとの出会いについて
中野明彦先生(理化学研究所・東京大学大学院理学系研究科)のご発表などを通じて、いつかCSUを使いたいと思っていましたが、私がマスターの時代には落射型蛍光顕微鏡と旧式のビーム型共焦点ユニットしかありませんでした。しかし、これらの装置でもできることは多く、日々観察を重ねました。この間に、実験目的に応じた試料調整や撮像の条件を最適化することができたので、待望のCSUシステム導入後も、非常にスムーズにデータ取得ができました。当時、CSUは念願の装置だったので、初めてCSUで鮮明にアクチン繊維を観察できた喜びは今でもよく覚えています。
私自身は当然経験していませんが、昭和30年代に「我が家にもテレビが来た!」という親の世代の感動に通じるものだと思います。
実際に共焦点スキャナユニットCSUで観察していかがでしたか?
何と言っても、高速に撮像できるので、立体観察(XYZ)、経時観察(XYT)、多点観察(XYN)、そしてこれらの組み合わせ(XYZTN)といった多次元のデータ取得が容易になる点が重要なメリットです。
「高速に撮像できる」というと簡単なことのようですが、高速性は顕微鏡実験の幅を飛躍的に広げます。
従来見えなかった速い動態を捉えられるというのも大きな利点ですが、適切な実験系さえ組めば、従来得られなかったほど膨大な共焦点画像を得られるというのもCSUの大きな魅力です。今後、顕微鏡にオートステージを導入して、画像取得のスループットをさらに向上させたいと思います。
また、これはCSU特有のデメリットではありませんが、蛍光ボケ(点像分布関数:PSF)のことは常に気に留めておくと良いと思います。特に輝度測定や立体構築に際しては、バイアスを避けるためにPSFを充分考慮し、必要に応じて補整を行うべきでしょう。
顕微鏡システム
モニタには孔辺細胞が表示されています
今後のご研究について教えてください
CSUをはじめとする近年の高速撮像技術の向上により、顕微鏡はオミクスデータの情報量を凌ぐ膨大な画像を容易に生み出せるようになりました。また、顕微鏡画像は遺伝子発現・タンパク質相互作用・細胞内動態など、実に多様な情報を提供してくれます。このような背景から、顕微鏡画像データベースの整備と膨大な画像情報の中から利用者が必要な情報を効率的に抽出できるマイニング手法の開発は今後の世界的な潮流になると考えています。これは私達が進むべき方向のひとつであり、現在進めている孔辺細胞の画像データベース構築と解析はその嚆矢と位置づけています。
これまでに画像から孔辺細胞アクチン繊維構造の動態を多面的・定量的に評価・分類する画像解析フレームワークを確立しましたが、汎用的な利用にはまだ改善が必要です。また、気孔画像データベースの解析例として、細胞内構造パターンを機械学習の手法を取り入れてコンピュータに認識させる試みも進めており、部分的には成功しつつあります。一連の解析を通して、膨大な画像情報を日常的に扱うような、新しい細胞生物学の世界を垣間見たいと思っています。
馳澤研の若さ溢れる自由闊達な雰囲気は、研究室のあちこちに顔を出すシンボルマークのKebi-suke君、LIPSデータベースのシンボルマーク(ちょっとセクシー?な唇型の孔辺細胞)のデザインからもうかがえます。
研究室の画像解析ソフトで、ゴッホとフェルメールの作品も正確にクラスタリングできましたと楽しげに語る桧垣先生は、“アクチン繊維の生体可視化と画像情報処理による細胞形態形成・制御機構の解析“の成果により、2009年度第6回日本植物学会若手奨励賞を受賞されました。イメージングとデータ解析の両面に強みを持ち、若いエネルギーに溢れる馳澤研ならではの、普遍的且つ網羅的な画像データベースが、 細胞生物学に必須のツールとして更なる発展を遂げることと期待しています。
Kebi-suke君 : 桧垣先生がデザインされたそうです
桧垣 匠(ひがき たくみ)先生
ホームページ: http://hasezawa.ib.k.u-tokyo.ac.jp/zp/hlab
熊本大学 国際先端科学技術研究機構 准教授
こちらのインタビューは東京大学新領域創成科学研究科先端生命科学専攻馳澤研究室ご所属時に取材いたしました
取材:2009年8月