概要
大阪市高速電気軌道株式会社( Osaka Metro )は、大阪市やその周辺地域において地下鉄・バスなどを運行するOsaka Metro Groupの中核をなす企業です。グループを挙げて安全・安心・快適性を追求するOsaka Metro Groupは、9路線、総延長約140kmに及ぶ地下鉄の安全な運行を基幹事業としながら、交通と生活サービスを一体的に提供して地域の活性化への貢献を目指す「都市型MaaS(Mobility as a Service)構想」を推進し、その実現の一翼を担う取り組みとしてオンデマンドバス*を運行するなど、新しい技術を取り入れ、地域の交通の利便性向上や環境課題の改善などに積極的にチャレンジしています。
地下鉄の駅やトンネル内の環境を快適に維持するために、駅構内や駅間のトンネル内には巨大な送排風機が設置され、外気導入と空調、および排気を行っています。Osaka Metroはこれらの重要な機器の異常を早期検知するために、YOKOGAWAの産業用IoT向けソリューション Sushi Sensorを用いた傾向監視を行っています。頑丈な鉄筋コンクリートに囲まれた地下空間で、果たして無線伝送は可能なのか? フィールドテストによる確証を得て、現在複数の駅にSushi Sensorが設置されています。また、今後はOsaka Metroのすべての重要な送排風機にSushi Sensorが設置される計画となっています。
*) 都市型MaaS構想実現の一翼を担うオンデマンドバス:
定時に定められた運行ルートを走行する路線バスとは異なり、お客様に乗車日時や乗降場所をご指定いただくことでニーズに応じて運行する乗り合いバス。「乗りに来ていただくバス」から「お迎えに行くバス」としての変革を目指し、2021年3月30日から社会実験として運行を開始。順次サービスアップ、エリア拡大を進めています。
お客様の課題とソリューション
Sushi Sensorについて
Sushi Sensorは、プラント設備の振動・表面温度に加え、温度や圧力などのデータを、広域無線通信方式の一つであるLoRaWANで無線伝送する小形のセンサです。XS770A 一体形無線振動センサは、マグネットまたはねじ止めで容易に取り付けられ、スマートフォンアプリで設定・監視を行うことができます。あらかじめしきい値を設定しておくことで、異常発生時には管理者にいち早く通知されます。
Sushi Sensorが定周期で収集したデータは、クラウドもしくはオンプレミスのサーバに蓄積し、ダッシュボード画面などから傾向監視することができます。蓄積されたデータを解析することで、設備異常の早期発見やメンテナンス作業の見直しなど、さまざまに活用することも可能です。
Sushi Sensorの導入を推進したOsaka Metro 交通事業本部技術部の甲斐 茂様に、お話をお聞きしました。
(取材年月:2022年4月)
-- Sushi Sensorを知ったきっかけはテレビ番組とお聞きしましたが?
「そうなんです。石油会社に勤める息子と二人で、YOKOGAWAさんを紹介するテレビ番組を見ていました。前職はコンビナートで計装を行う会社に勤めており、YOKOGAWA製品をいつも触っていたこともあって、親しみを持って見ていたのですが、そこにSushi Sensorがちらっと映りました。異常な振動を早期に検知して素早い保守につなげることができる、という内容でした。
私たちOsaka Metroは、保全活動を従来のTBM(Time Based Maintenance)から、CBM(Condition Based Maintenance)に積極的に切り替えていこうとしており、電気部門の私にもIoTの導入やCBM化のアイディアを求められていました。ですので、思わず 『これやな!』 と叫んでしまいました。」
-- Sushi Sensorが映っていたのは、ほんの1分足らずでしたが?
「それでもかなり確信がありました。
Osaka Metroの地下鉄の駅や、駅間のトンネル内には数百台の送排風機があり、外気を取り入れて循環させ、駅やトンネル内の環境を維持しています。最も古い御堂筋線の開業から約90年経つこともあり、これらの機器が故障することも増えてきました。重大な故障が起これば、長期間の機器の停止や、多額の補修費用が必要になります。故障の予兆をいち早く掴んで対応できれば、まさにCBMが実現でき、お客様に快適な環境を提供し続けることができます。
そのためSushi Sensorを見たときは、『これや』 と思ったのです。」
ショールームのSushi Sensor
排風機のモータ、ファンの軸受に取り付けられたSushi Sensor
-- これまでの点検はどのように行われているのですか?
「点検には3カ月毎の点検と、毎月行う特別点検とがあり、人が機械を触ったり音を聴いたりする、いわゆる五感に頼った検査を行っていました。ベテランの長けた人はわずかな違いでも分かりますが、誰でも同じレベルでできるわけではありませんし、社会的にも問題となっている労働人口の減少もあり、技術の継承が困難となると考えられ、経験に頼った五感はこの先使えなくなるだろうと感じていました。しかも、機械ごとに音が違ったりしますし、それをベテランは各自の頭の中で覚えている。これらの技術を伝承していくことは難しいと思い、Sushi Sensorのような機械に頼ろうと考えました。
Sushi Sensorの設置により、毎月の特別検査から順次なくしていきたいと考えています。」
排風機にマグネットで取り付けられているSushi Sensor
-- 導入に先立って行われたフィールドテストの結果はいかがでしたか?
「送排風機に取り付けたSushi Sensorの電波をゲートウェイ(G/W)でちゃんと受信できるかや、どこにG/Wを設置すれば良いかを探るためのフィールドテストは、一駅について3日間ほどかかりました。コンビナートにあるプラントと比べて、地下鉄では機械が分散して置かれている上に、頑丈な壁や鉄の扉で仕切られています。鉄筋が多いと電波が届きにくいのですが、YOKOGAWAさんと当社社員数人とでG/Wを持ってあちこち歩いて、最も良く電波が通じる場所を探しました。
そのうち、脚立にG/Wを付け、脚立を動かしながら電波の通じやすい場所を探すという技を編み出しました(笑)。今ではだいぶノウハウも分かってきましたので、一つの駅について半日もあればG/Wの設置場所を見つけられるようになりました。」
脚立に取り付けられたG/W
-- Sushi Sensorの導入の決め手は何でしたか?
「CBM化の目的の一つにはコストダウンもありますので、できるだけ新たな配線や配管の敷設が必要ないことが重要でした。もちろん他社の製品についてもいろいろと調べて比較しましたが、Sushi Sensorはこれらの条件をクリアしていましたし、私は学生時代からずっとYOKOGAWA製品に触れていたので何より信頼がありました。石油会社に勤める息子もYOKOGAWA製品にはなじみがあり、Sushi Sensorももう使っているとのことで、これは負けていられないと思いました(笑)。
Sushi Sensorはマグネットで取り付けられるのが良いですね。気になるところにちょっと付けて、すぐに測れる。これはとても便利です。しかし、たまに異なる向きに取り付けてしまい、測定値が変わってしまうことがあるので、YOKOGAWAさんが取り付けの向きを示すテプラを作って貼ってくれました。」
取り付け方向を示すテプラシール
システム構成概念図
-- しきい値の設定や振動の値の監視はどのようにしていますか?
「しきい値は今のところ何台かに設定してあります。設置対象となる機器の振動値を元に何%かを上乗せした値に設定しました。まだ冷房の季節ではないこともあり、動いていない空調機もありますので、しきい値の設定や傾向監視はこれから力を入れていきます。今後Sushi Sensorの台数が飛躍的に増加しますので、振動の値を監視するにはAIの導入が必要だと思っています。
なお、現在では2つの事業所で遠隔監視が行えるようになっています。2022年度以降は全路線の重要な機器にSushi Sensorを設置していきますので、監視用のPCも増やしていきます。駅ごとに構内レイアウトが異なりますので、それぞれ適切なG/Wの取り付け位置を見つけなければなりませんが、先ほど触れたとおり、すぐに良い場所を探り当てることができるようになってきました。同僚とは冗談で、電波が見えているんじゃないかと話しています。」
-- Sushi Sensorを導入して良かった点は?
「振動の値を長期のスパンで見られることに感動しています。『こんな風になっていたのか』、『こんな変化をしていたのか』など、機器によっても異なるそれぞれの振動が見えるようになりました。知っているようで実際は見えていなかったこともありました。今後の点検や保守の仕方にも影響を与えていくことになるのではないでしょうか。すでにSushi Sensorを設置した送排風機の中にも、そろそろおかしいと思われる機器があるので、ボルトの締め付けや部品の交換など対策を行わなければなりません。」
Osaka Metro 甲斐 茂様
力触覚技術を用いた負荷変動センサの活用について
YOKOGAWAは長らく 「力触覚」、つまり人が物を触ったときの感覚、たとえば 「ざらざらしている」 とか 「柔らかい」 という「感覚」を数値化する技術(力触覚技術)の研究を行ってきました。この技術をプロセスに応用することで、たとえばケミカル製造プロセスの攪拌中の釜の中がどうなっているか、どの程度どろどろしているのかなどを、数値に置き換えることが可能となります。YOKOGAWAはこの技術を設備診断にも適用してきました。
Osaka Metro様の事例では、送排風機を駆動するモータにこの技術を応用した負荷変動センサを取り付け、測定した負荷変動値を監視することによって、ファンベルトの滑りやファンのアンバランスなどを判断します。
YOKOGAWAはこの技術で特許を取得しています。
負荷変動センサのシステム構成
-- 負荷変動センサのPoCはいかがでしたか?
「送排風機のファンを回すのに用いられているファンベルトは、1本でも切れると大事になる可能性があります。切れたベルトが周囲のカバーを吹き飛ばすおそれもあるため危険ですし、万が一壊れたときの影響も大きくなります。ファンの軸受やモータのベアリングの異常はSushi Sensorで分かりますが、ベルトが滑っているとか、芯が取れていないなどの状態は振動値だけでは分かりません。ですのでYOKOGAWAさんに『ファンベルトの故障を予知できないか?』 と声をかけていたんです。
しばらくすると『こんなのありますよ』 と言って提案されたのが負荷変動センサで、これは面白いと思って2年に渡ってPoCを行いました。PoCの結果、ベルトの滑りや張り具合、ファンのアンバランス、軸受へのグリスの過剰注入、風量の変動などとの関連を確認することができました。
負荷変動センサで適正な運転状態が分かれば、かかっているファンベルトの本数を減らしたり、適正な張力を知ることができるようになるかも知れません。適正値が分からないから、実際必要な本数よりも多くファンベルトを付けていたりします。本数を減らせれば省エネにつながります。プーリーも偏倚がちゃんと取れていないと片減りし、そこにベルトが入ると切れやすくなります。機器の状態を数値化して把握することは、さまざまな改善の可能性につながるのではないかと考えています。」
お客様の声
-- 今後の取り組みを教えてください。
「Sushi Sensorを設置しているのは今のところ4駅ですが、空調を行う装置には全部付けていく予定になっています。排風機は万が一火災が起きたときには排煙の役割を担いますし、ひと昔前は付加的なサービスだった冷房も、今では快適性の維持に欠かせません。Sushi Sensorや負荷変動センサの導入により、これらの重要な装置に異常があった場合には最速で対応することができるようになったと考えています。
地下鉄を含めた日本の交通インフラの多くは、作られてから相当時間が経ち、当社と同じ状況にあると思います。当社とYOKOGAWAさんとで行った取り組みは、業界をリードする最先端のソリューションとなるのではないでしょうか。
2025年に開催予定の大阪万博では、日本中、世界各国からのお客様を迎え入れようと、行政のみならず多くの企業が取り組んでいます。Osaka Metroは創業以来、技術分野では日本一、世界一を目指してきました。当社も万博にむけてさまざまな技術を導入し、サービスを飛躍的に向上しようと考えています。」
-- YOKOGAWAへの期待を教えてください。
「YOKOGAWAの皆さんは親切で、仕事を楽しんでいるという感じがします。フィールドテスト以降たいへん気持ち良く仕事をさせていただきました。これからもますます当社の抱える課題解決へ向けて、ソリューションを提案していただきたいですし、人づくりの面でもお手伝いいただければありがたいと思っています。工具を使ったり五感を駆使することが得意な人材、Sushi Sensorのような機械やデータを扱うことが得意な人材など、これからの人材育成はそこを見極めていくことが重要です。YOKOGAWAさんのような外部のパートナーと連携していくことも一つの方法だと思っています。
個人的にはスマートフォンを機種変更したらすかさずSushi アプリをインストールするほど、Sushi Sensorを気に入っています。」
-- ありがとうございました。
(左から)
横河ソリューションサービス 宮川、Osaka Metro 甲斐様、 横河ソリューションサービス 西田
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