カーボンニュートラルへの世界的潮流など、変化が激しい時代に、エネルギー・素材を安定供給するにはどうすればよいのか? その解決策を探る手法の一つとして「シナリオプランニング」に注目し、研究開発者として活躍しているプロフェッショナルがいる。ENEOSホールディングス株式会社およびENEOS株式会社(以下、ENEOS)の常務執行役員である藤山優一郎氏と、同社研究所で化学品のサステナブル化に向けた研究開発に取り組む千羽達也氏だ。両者は共に、未来共創イニシアチブ・早稲田大学・社外プロフェッショナルで構成された産官学融合のラーニングコミュニティ「Green Phoenix Project」(以下、GPP)のメンバーである。
多忙な二人が、GPPへ積極的に参加している理由とは何か? GPPや未来共創イニシアチブがもたらす、彼らにとっての価値や魅力とは? 今回ENEOS本社を訪問し、まずは新規事業開発、研究開発や次世代リーダー育成の責任者の視点から、藤山氏の見解を伺った。
※本記事ではENEOSの代表ではなく、個人の見解として語っていただきました
※所属や役職は記事制作時(2024年12月)のものです
化学業界の未来シナリオ、そして玉木※1との出会い
藤山氏は大学・大学院で高分子工学を学び、その後、日本石油株式会社(現ENEOS)でR&Dに携わってきた。現在は常務として、「コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)」「水素事業」「次世代燃料」「研究開発」といった多分野を統括する。
かつて藤山氏が石油精製のプロセス開発に携わっていた頃、その計装やメンテナンスをYOKOGAWAが担当しており、YOKOGAWAとは、業務上での付き合いがあった。しかし玉木と出会ったのは、あくまで個人的に参加していた集まりだったという。
「僕の玉木さんとの出会いは、ある化学業界の会合でのこと。『2030年の日本の化学業界を考える』をテーマにし、シナリオプランニングをやってみようということになりました。そこで『シナリオプランニングに精通する人』として紹介されたのが、玉木さんだったんです」
※1玉木伸之:未来共創イニシアチブ発起人兼プロジェクトリーダー(プロジェクト概要動画)
GPPの魅力、それは多様な人たちとの出会い
藤山氏が開口一番に語った。「GPPの魅力とは、ずばり『業種を超えた人たちとの出会い』ですね。GPPや玉木さんからもたらされる多様な人脈。一番の価値はそこにあるんです」。
「日本では、同じ業界でも自社だけでやろうとする傾向が強い。一方、欧米では〈オールアメリカン〉とか、〈オールヨーロピアン〉とか、同じ国や地域で結束して競争力を高め、社会課題に取り組むようなこともやります」
「よく言われる話ですが、『日本は技術で勝って、商売で負ける』というのがあります。かつては、世界の半導体産業の大半を日本製が占め、圧倒的に強かった。でも国内でお互いに喧嘩しているうちに、他国に全部持っていかれてしまった。僕は、企業同士、大学・政府も含めて、日本は横のつながりを持った方がいいと思う。だからこそ、未来共創イニシアチブやGPPのような試みはすごく大事なんです」
企業や日本社会の発展のために、「競争」ではなく「共創」マインドが必要であり、それを育む仕組みが、未来共創イニシアチブの価値の一つであると語った。
経営層に必要な「マインドセット・チェンジ」
言うまでもなく、未来は予想できない。会社経営も然り。未来を一つだけ選び、その方向に照準を合わせて準備を進めてしまうのは極めて危険であり、だからこそシナリオプランニングという手法に価値があると、藤山氏は明言する。
「企業は、複数の未来シナリオを想定して、準備する必要があります。そのためにも、いろいろな人たちの知見に触れる方がいい。GPPには異業種の人たちが集まっているので、とても勉強になるんです。そこで多様な人たちと対話し、自分の思い込みを捨てられるかどうか。『自分は間違っているかもしれない』ことを、常にチェックする必要があると思うんです」
さらに藤山氏は、上司の立場にあるシニアリーダーや経営層が心掛けるべきマインドセットとして、重要な点を語った。
「『話を聴く力』。下から上へ話をするのはなかなか難しいので、むしろ上が頑張って下の話に耳を傾け、引き出すことが重要です」
もう一つ、引き合いに出したのは、《君子は豹変す》という中国の故事だ。「偉い人(君子)は一度言ったことにこだわらず、変えられる。君子は豹変できるが、小人はできない」といった意味がある。
「僕は若いときから、『なるべく高い視座で仕事をした方がいい』と言い続けています。それは『自分や部門、あるいは会社のためじゃなくて、社会のため』――つまり最終的には、社会のために役に立つこと。その軸さえしっかり持っていれば、意見や手段がコロコロ変わってもいいんじゃないかと思います」
タイパではない。一見無駄に見える体験こそが人材育成に必要
現代は、とかくコストパフォーマンスやタイムパフォーマンスを重視しがちな時代だ。しかし藤山氏は、その点についても異を唱える。
「確かにeラーニングの動画を観るには、2倍速でいいんですよ。ただ、GPPみたいな取り組みに参加するときは、タイパはあまり気にしない方がいい。僕の経験から言えば、10個やれば8個くらいは役に立たないかもしれないけれど、1個か2個はすごく役に立つことが出てくる。つまり、一見無駄だと思う体験を重ねることは、長い視点で見れば、人の成長にとって大事なんですね」
最後に藤山氏は、ENEOSの次世代を担う若手の一人、千羽達也氏の目覚ましい成長ぶりに触れた。「以前は遠慮がちなタイプでしたが、シナリオプランニングやGPPの経験を通じて、随分と度胸が付きましたね。一つ壁を越え、大きく成長した感があります」。
ここからは、企業研究員として成長を遂げている千羽氏が語った、GPPの価値と魅力に迫る。
”化学だけ”の世界から抜け出し、視野が広がった
“典型的な化学系の研究者”を自認する千羽達也氏は、大学・大学院時代に有機化学を専攻し、新日本石油(現ENEOS) に入社。現在の担当分野は、バイオ原料から化学品を作るための触媒開発で、その手段としてマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を扱う。MIとは、ビッグデータやAI、分子シミュレーションを活用して材料開発や研究を加速させる手法であり、研究開発のプロセスを大きく変える画期的な方法として、高い注目を集めている。
技術系の論文を好んで読み、「反応機構やMIの計算アプローチなど、新しい方法を考えているときが一番楽しい瞬間の一つ」という千羽氏。その彼が「シナリオプランニングで人生が変わった」と断言する背景には、いったい何があったのだろうか?
「シナリオプランニングには、いろいろな分野の本を読んで情報収集するというステップが、最初にあります。そこで僕は、玉木さんの推薦書をたくさん読みました。例えば、ユヴァル・ノア・ハラリ(イスラエルの歴史家・哲学者)の『サピエンス全史』や、ケヴィン・ケリー(WIRED誌の創刊編集長)の『〈インターネット〉の次に来るもの』など。これらの本を読んで、ものすごく視野が広がったんです。それまで『自分は化学が専門なので、それだけを極めていけばよい』と頭が凝り固まっていて、他の分野の面白さに気づいていませんでした」
シナリオプランニングで開花:キャリアの方向転換
シナリオプランニングの手法については、玉木からも多く学んだ。当時の玉木は海外を飛び回っていて、時差ボケになりながら、帰国したその足で、コーチングを行った。その玉木の姿が「カッコよかった」と言う。加えて、同じくシナリオプランニングのメンバーだった外資系企業に勤める女性たちが、英語の資料をどんどん読み進める勢いや、組織に寄りかからず、プロフェッショナルとして自立している姿にも触発された。そこから千羽氏は、英語の猛特訓を始めたという。
「英語の論文は、大学・大学院での2、3年ほどの勉強で読めるようになります。でも、それだけではビジネスの場面で通用しない。オンライン英会話をやり始め、おかげで入社前と比べて、TOEICの点数が400点上がりました」
シナリオプランニングの経験からMIに着目し、自らそれを修得することで、今後の目指す道についても選択肢が増えてきた。これまで研究一筋だった人生が大きく方向転換し、千羽氏のキャリアにはさまざまな可能性が生まれつつある。
素材業界の次世代リーダー候補が語る、GPPの魅力
素材業界の次世代を生き抜くことになる千羽氏にとって、GPPには多くの魅力があるという。
「まず、GPPに集まっている人たちが魅力的ですね。そこで交わされる議論がすごく勉強になる。講演やその後のフリーディスカッションもあります。さらに、早稲田大学ビジネススクールの池上重輔先生(大学院経営管理研究科長)※2が、内容全体の抽象度を上げて取りまとめをしてくださる。また、その後に開催される交流会も楽しいんです」
化学などの理系分野とは異なり、シナリオプランニングは明確な答えを出す類のものではない。さらに、未来のシナリオについて議論をする相手は、社外の人たちであり、専門領域も多岐にわたる。
「自分の頭の中にあるモヤモヤしたアイデアを、専門が違う人に分かりやすく伝え、議論をする。この経験を重ねることで、言語化スキルや対話スキル、また『非認知能力』が確実に上がった気がします」
日本のエネルギー・素材産業を支え、今後の未来の行方に真剣な眼差しを向ける、二人。「今後、組織が発展するために欠かせないことは何か」と尋ねたところ、二人が出した答えは同じであった。
それは、「個の力を活かし、多様な人材が公平に評価されること」。
さらに、「バウンダリー・スパナーという役割の必要性」についても触れた。
「物事を深く探求するスーパー研究者も必要ですが、それだけでなく、組織を横断的に、さらには社内と社外をつなぐ、ハブとなる人材が、一人や二人は必要。この両者がいれば、とても強い組織になると思います」と語った。
未来共創イニシアチブは、まさにこの目標に向かって、さまざまな活動を展開している。
今回のインタビューでは、社外から見た未来共創イニシアチブやGPPの価値を語っていただいた。新たな価値を創造し、社会課題の解決をリードするYOKOGAWA。次世代の人財育成に向けた挑戦は、これからも続く。
※2池上重輔教授:GPPサポーター(池上教授のインタビュー記事)
左から:小林 惇(YOKOGAWA)、千羽 達也氏(ENEOS)、藤山 優一郎氏(ENEOS)、玉木 伸之(YOKOGAWA)
藤山 優一郎
ENEOSホールディングス株式会社 常務執行役員 CTO
ENEOS株式会社 常務執行役員
趣味は読書(乱読)と旅行
千羽 達也
ENEOS株式会社
中央技術研究所・サステナブル技術研究所・サステナブル素材グループ
チームリーダー
趣味はバドミントンとランニング
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インタビュー
「未来共創イニシアチブ」に関わる社内外の関係者が、対話を通じ、多様な視点で語る活動の価値や意義
活動概要
シナリオプランニングを活用した次世代リーダー育成と、境界を超えた共創ネットワーク構築を目的とした活動の紹介
活動への想い
「正解のない時代」に生まれた、活動発足の背景や志
未来シナリオ
未来を担う若手社員たちが、シナリオプランニングと共創的な対話で描いた「未来シナリオ」
シナリオアンバサダー
YOKOGAWAの各部門から選ばれたミレニアル世代中心のシナリオアンバサダー紹介と成長や学び
未来共創ネットワーク
YOKOGAWAグループ内外のサポーターやパートナー、個社と緩く繋がり、産官学連携で築くネットワーク
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米国発テックカルチャー・メディア『WIRED』に掲載された、「未来共創イニシアチブ」の英文記事
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