「測る力とつなぐ力で、地球の未来に責任を果たす。」 これは、YOKOGAWAの企業パーパスである。未来共創イニシアチブは、領域を超えた社外との共創を目指し、未来共創イニシアチブ・早稲田大学・社外プロフェッショナルで構成された官学融合のラーニングコミュニティ「Green Phoenix Project」 (以下、GPP)などでの活動を続けている。
2024年10月、未来共創イニシアチブのメンバーは、住友化学株式会社の東京本社にある「SYNERGYCA(シナジカ)共創ラウンジ」を訪ねた。SYNERGYCA は、住友化学の社内外の人々が交流し、新しい価値創造につながるアイデアや気づきを生み出す、共創の場である。
GPPメンバーで未来共創パートナーでもある住友化学の金子正吾氏(電池部材事業部 電池部材部長、前・デジタル革新部長)と、木村雅晴氏(サステナビリティ推進部 主幹)は、温かく出迎え、インタビューに応じてくださった。
今回は、シナリオプランニングが企業の組織変革に活かされた事例として、2017年に実施された住友化学のプロジェクトを紹介。ファシリテーター役であった玉木との関わりや、GPPの価値や可能性について、二人に率直な想いを伺った。
※本記事では、所属する組織の見解ではなく、個人の見解として語っていただきました
※所属や役職は記事制作時(2024年12月)のものです
プロジェクトは、「見えない抵抗」から始まった
2016年、玉木は、ある化学業界の会合で、『2030年の日本の化学業界の未来シナリオ』を策定するプロジェクトのファシリテーター役を務めていた。その場にいた住友化学の当時の執行役員が、玉木の手腕に感銘し、個人的に連絡。
2017年には、住友化学の社内で、シナリオプランニングのプロジェクトが立ち上がり、玉木は、企画とファシリテーションを担当することとなった。プロジェクトは、多様なバックグラウンドを持つ若手・中堅社員で構成された組織横断活動であった。
当時、金子氏は、工場や生産部門におけるDX、スマートファクトリーの企画・推進を担当。10数名のプロジェクトメンバーの一人として選ばれ、そこで初めて玉木と出会った。当初は、戸惑いを感じていたという。
「業務を通じて、IoTやAIをはじめ、未来に起こる技術や社会の変化については、自分なりに知識を持っていました。最初は、プロジェクトがどんな形で経営戦略に活かされるのか、想像できませんでしたし、2週間で、10冊以上もの書籍を読むという課題を与えられ、驚きました」
玉木は、当時を思い出して語る。
「課題図書を渡すと、皆さんから冷ややかな目で見られました。まるで『俺にこれを読ませるのか?お前は何者だ?』と言いたげな表情なのです。ちょっと危険なところに来たかもしれない(笑)、と感じました」
プロジェクトはまさにそんな暗雲が立ち込める中で始まった。
シナリオプランニングは、山登り
メンバーは、会議室を借り切って、缶詰状態で分析や議論を続けた。金子氏は当時を振り返り、玉木がかつて例えたように、山登りとシナリオプランニングには共通点があると語る。
「ワークの序盤では、たくさんの参考文献を読み込みます。このフェーズでは、ゴールまでの道筋や最終アウトプットがまだ見えていません。山登りで、麓を歩く行程ばかりが続いて、標高が上がっていない感覚です。後半では、インパクトマトリクス、 インフルエンスダイアグラム、シナリオ軸*を決定する作業となります。登山でいうと7合目から頂上を目指すというフェーズです。この道中において、玉木さんは、簡単に登らせてくれませんでした。一旦完成したものを壊し、壊しては構築するという作業を課す。何度もアウトプットを修正したことを覚えています。頂上は見えていますが、登っても登っても到達しない感じです」
*シナリオ軸(シナリオドライバー):未来を左右し、影響を与える重要な不確実性
玉木は、このプロセスの間、各メンバーの議論やワークを見守っていた。励ましの声掛けやフォローアップも欠かさず、メンバーと過ごす時間も大切にした。プロジェクトが進むうちに、対立を乗り越えて、良い関係が構築されていった。金子氏は続ける。
「玉木さんは、スーパーファシリテーターですね。議論の方向性がズレたり、視野が狭くて掘り下げが足りなかったり、安直な結論に飛びついた時は、スッと寄ってきてこう言うのです。『こんな視点はどうですか?』『この点についてはどう思いますか?』。そうやって私たちの議論を掘り下げて、クオリティを上げるための壁打ち役になってくれました」
そうして10か月が過ぎ、住友化学の未来シナリオは完成した。
組織変革と個の成長という成果
プロジェクトは、大きな価値を生み出した。第一は住友化学の組織改革へのインパクトだ。
例えば、完成した未来シナリオで採用した軸は、「デジタルトランスフォーメーション」と「低炭素(現在のカーボンニュートラル)」。今ではどの企業も口にするテーマだが、2018年当時は、これらを経営課題として掲げる企業はそれほど多くなかった。これらのキーワードが、2019年からの中期経営計画に反映されたのだ。
さらに、「デジタル革新部」「環境負荷低減チーム」という新しい組織が発足。デジタル革新部のリーダーに金子氏、カーボンニュートラルの技術開発チームには、別のプロジェクトメンバーが就いた。シナリオプランニングを通じて、若い世代が会社を動かし、組織改革の一翼を担ったのである。
その後、金子氏は、「デジタル革新部」などDXプロジェクトを5年間リードし、自身のキャリアを大きく変化させた。DXの人財育成にも尽力した。次のリーダーに部署を引き継いだ後、2024年4月から、現在の部署へ配属となった。
併せて、生み出された価値は、個の成長であると、金子氏は語る。
「玉木さんのファシリテーションのお陰で、メンバーの思考力や、シナリオのクオリティが上がりました。自分たちでシナリオを作成したからこそ、ロジックの構造や、当時の議論などが、深く自分のなかに刻まれる。さらに、当時のメンバーは、熱量がすごかった。だからこそ、経営陣への報告会において、自分の言葉で語ることができました」
若手社員の自社の未来に対する責任感や情熱が、クオリティの高いシナリオを完成させ、価値の創造へとつながった。
「異質との邂逅」をデザインする
一方、サステナビリティを主導する木村氏は、金子氏の誘いで、2023年にGPPへ参加を決めた。同氏は、12年の研究職を経て、ヨーロッパへ赴任。サステナビリティにおける社内随一の専門家である。
木村氏は語る。「社内のサステナビリティ推進委員会の企画のため、YOKOGAWAの未来シナリオを情報源として活用したことがあります。YOKOGAWAの未来シナリオは、コンサル会社が策定したものと明らかに違います。粒度が細かく、生々しいです。血が通っていると言えばいいでしょうか」。
GPPのコミュニティの価値について、金子氏が続ける。
「会社名、業種、ポジションでは判断できないメンバーが集まっています。唯一の共通点は、未来志向でオープンなマインドでしょうか」
GPPで玉木は、人と人との間の化学反応を意識したメンバー構成をデザインしている。大企業だとか、社長という肩書ではない。信頼できる人を集め、共に成長、貢献できる環境づくりを意図している。まさに、カタリスト(catalyst:化学反応を促進させる触媒)としての役割を果たしている。
金子氏は続ける。「GPPの『異質との邂逅』というコンセプトが好きです。業種、専門性、世代の異なる人たちが集まり、少しずつ持っているものをシェアすることによって、イノベーションの芽が生まれる可能性がある。私はその可能性を信じ、このコミュニティを大切にしています」。
土壌を豊かにする「肥料」が得られる場
サステナビリティに関しては、ヨーロッパを中心に定められる法規制の動向など、「見えている未来」を考えることは重要だ。しかし、それだけでは十分ではないと木村氏は指摘する。
「GPPで話すテーマは『見えていない未来』です。誰も正解はわかりません。議論を経て、時間が経ってから、点と点がつながったり、モヤモヤとしていたことが一気に晴れたりすることもある。そうした『アハ体験』の宝庫がGPPなのです」
さらに、木村氏は続けた。「化学業界は、さまざまな産業に素材を提供しているという意味で最上流にあり、影響範囲が広い。だからこそ、シナリオプランニングのように社会全体にスコープを広げた分析や情報整理をする意義があるのです」。
「即効性がなく、その時は実感が持てなくても、忘れたころに効いてくる。効果が長続きする肥料が土壌に加わる、そんなコミュニティだと思います」
GPPは、長期的に自分の土壌を豊かにし、個の成長の栄養源となる存在なのである。
結び
日本企業が国際競争力を取り戻すためには、ブレイクスルーが求められる。しかし同じメンバー、同じ環境では、同質性の罠に陥る。新たな気づきや発想が得られず、イノベーションは生まれない。
金子氏は、未来共創イニシアチブやGPPの活動をこう評する。
「YOKOGAWAの若いメンバーの皆さんは、自分の考えをしっかり持っていて、堂々と経営陣や外部の有識者に語っています。何よりも、勉強熱心であり、参加していることが楽しそうですね。さらに、オフィシャルに、この育成の環境を与えている横河電機という会社で働けていることが幸せだと思います」
「イノベーションを起こす活動が、日本を強くする一つのトリガーになると思います。GPPというコミュニティを通じて、未来志向のメンバーと共に日本を変えたり、一緒に未来を語り合ったりすることは、とても意味があると思うのです」
GPPでは、考えや意見を一つにまとめる必要はない。それぞれが持つ未来の世界観を、それぞれが深める契機としてほしいと考えられている。
そして、良質な肥料が撒かれた肥沃な土壌で、それぞれが成長する。このような多様性を大切にした個の成長は、イノベーションの新しい芽を育む。そのような「カタリスト(触媒)」という役割や場を、未来共創イニシアチブとGPPは目指している。
左から、千代田 真一(YOKOGAWA)、玉木 伸之(YOKOGAWA)、金子 正吾氏(住友化学)、木村 雅晴氏(住友化学)
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金子 正吾
住友化学株式会社
電池部材事業部 電池部材部長
博士(工学)
趣味:登山、トレッキング、料理
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木村 雅晴
住友化学株式会社
サステナビリティ推進部 主幹
博士(工学)、MBA
趣味:ゴルフ、洗車、ガーデニング
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シナリオプランニングを活用した次世代リーダー育成と、境界を超えた共創ネットワーク構築を目的とした活動の紹介
活動への想い
「正解のない時代」に生まれた、活動発足の背景や志
未来シナリオ
未来を担う若手社員たちが、シナリオプランニングと共創的な対話で描いた「未来シナリオ」
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米国発テックカルチャー・メディア『WIRED』に掲載された、「未来共創イニシアチブ」の英文記事
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