Well-being Net-zero emissions

未来を握るバイオテクノロジーの可能性

バイオテクノロジーは、農業や食品分野のみならず、医療や健康、環境・エネルギー、さらには工業分野まで幅広く活用されています。バイオロジー(生物学)とテクノロジー(技術)を組み合わせた造語がバイオテクノロジーであり、「生物がもっている働きを人々の暮らしに役立てる技術」を意味します。その応用範囲は広く、2030年にはバイオテクノロジーを利活用した産業がOECD(*1)加盟国におけるGVA(*2)の2.7%にあたる約1兆ドル(約110兆円)規模に市場成長が見込める一方、2050年前後には人口100億人時代を迎え、食糧、水、エネルギー不足が懸念されており、貧困や飢餓、気候変動などの人類が直面する地球規模の諸問題の解決に向け、“バイオの可能性”に期待が寄せられています。

*1:経済協力開発機構、Organisation for Economic Co-operation and Developmentの略称
*2:粗付加価値、Gross Value Addedの略称

近年、バイオテクノロジーは急速に進展し、バイオ分野での非連続的なイノベーションを牽引しています。DNAシーケンシング技術の進化がゲノム情報をはじめとする生物情報の集積を可能とし、機械学習やAI(人工知能)など、最先端の情報処理技術を原動力に、生体ビックデータの解析が生物機能の解明や改変を加速させ、より高度かつ効果的に生物機能をデザインすることができるようになりました。細胞融合や遺伝子組換えなどの技術開発へと進化し、従来はできなかった新たな医療手法やものづくりが実現され、バイオテクノロジーを利活用したさまざまなイノベーションが世界的に広がっています。

2009年、OECDが“生物資源とバイオテクノロジーを用いて地球規模の問題解決と経済発展の共存を目指す考え方”をまとめた「The Bioeconomy to 2030:Designing a Policy Agenda」が発表されて以降、欧米を中心とし、バイオエコノミー(Bioeconomy)の形成に向けたさまざまな戦略が掲げられています。バイオエコノミーはバイオテクノロジーと持続可能な循環型の経済活動を融合させた取り組みであり、EU(欧州連合)では、1,800万人以上の雇用と2兆ユーロ(約260兆円)を超える売上高をもたらしています。バイオ分野への政策と研究が強固に連携していくことにより、2025年までには年間およそ80万人の新たな雇用と450億ユーロ(約6兆円)の付加価値を生み出すことが期待されています。バイオ由来の製品や材料、エネルギーへ転換していくことで2030年までに年間25億トンの二酸化炭素(CO2)削減を目指しており、このような低炭素社会への取り組みは英国やドイツ、フィンランドなどにも広がっています。

またアメリカにおいては、バイオテクノロジーを駆使し、利益を追求しながらも実用化に取り組んでいます。2030年までに年間10億トンのバイオマスを持続的に生産可能とし、600億ガロンのバイオ燃料へ転換することで30%の石油消費量の削減を目指しています。さらに900億 kWh以上の電力を生み出し、800万世帯に電力を供給することを政府が掲げており、100万人を超える新たな雇用と年間2,500億ドル(約28兆円)の国家歳入を見込んでいます。このようなバイオテクノロジーの産業への利活用は、農業・健康・工業の分野を軸に広がり、バイオエコノミーの市場拡大が期待されています。

細胞分裂

農業分野において、バイオテクノロジーによるイノベーションが既に進んでおり、遺伝子組換え作物の商業栽培が1996年に開始されて以降、その耕作面積は100倍以上に拡大し、世界25カ国以上で栽培されています。また、害虫や病気に強く、乾燥や水害への耐性や長期保存性に優れ、かつ栄養成分が強化された作物を作り出すことで、食糧や飼料の供給拡大と品質安定が実現され、飢餓の改善や将来の食糧問題の解決への貢献が考えられています。

また、医療・ヘルスケアといった健康分野では、遺伝子疾患や難病の治療に期待されるバイオ医薬品が、市場規模と成長性の点から中核的分野と目されています。現に医薬品売上げの上位10品目のうち、7品目をバイオ医薬品が占めており、がん・糖尿病・心筋梗塞などの患者数の多い病気の治療やAIDS、パーキンソン病、多発性硬化症といった治療が難しい病気の治療にも使用され、世界中で3億5千万人以上の患者に効果をもたらしています。患者の細胞に正常な遺伝子を導入して細胞の欠陥を修復する遺伝子治療や、iPS細胞などを使った再生医療といった新しい医療技術の実用化も進みつつあり、従来は不可能だった疾病の根本治療が実現され、健康の維持・増進や予防医学へとつながっています。

さらに、バイオエコノミー市場で最も比率が大きい工業分野では、バイオ新素材やバイオ燃料といった新たなものづくりが可能になり、これまでにない新機能かつ高機能な材料の生産や、天然資源に依存しない工業プロセスの実用化が始まっています。バイオ新素材は、高い生産性と低コスト化を実現していくことで、さまざまな機能性素材としての応用の拡大が図られる見込みです。例えば、鉄の5分の1の軽さで強度が5倍の性能をもつセルロースナノファイバーは、「木」という再生可能な天然資源を原料としており、森林の新陳代謝を促すことで環境にも配慮しつつ、飛行機や自動車部品の軽量化などの幅広い用途での利用が考えられています。また、バイオジェットやバイオエタノールといったバイオ燃料も、バイオマスなどの再生可能資源を利用した高効率な生産が可能となることで、代替エネルギー源の確保へ寄与するとともに、カーボンニュートラルを実現し、地球温暖化の抑制につながると期待されています。

データを確認する研究者

YOKOGAWAのバイオ分野への取り組みは、約30年前から「やわらかいものを測る」というテーマで研究をはじめたことに遡ります。当時のYOKOGAWAの開発者たちは、バイオ分野の事業を取り扱った経験はありませんでしたが、徹底的にお客様や大学の研究者に密着することでニーズと要求機能の把握を積み重ね、それらを技術開発へと反映していく中、細胞計測に未来への可能性を感じ始めていました。それ以降、やわらかいものを測る対象のひとつに「細胞」を定め、「細胞を観察して見えないものを可視化する」研究開発をしています。YOKOGAWAがこれまで培ってきた「測る」技術を活用した開発により、ライブセルイメージング装置は、デファクトスタンダードとして定着しており、“生きた細胞の動きを見たい”というお客様や研究者の思いを実現し、バイオ研究の大きな進歩へ貢献をしています。

近年、これまで主流であった化学合成で生産する医薬品に加え、バイオテクノロジーの進化により、生きた細胞で生産するバイオ医薬品の開発が進んでいます。バイオ医薬品の生産においては、細胞の培養プロセスを安定かつ効率的に運転することが必要です。この課題に対し、“細胞状態を計測する技術”、“生きている細胞数を計測する技術”、そして“細胞の代謝を予測して制御する技術”をYOKOGAWAはすでに確立しており、バイオ医薬品の生産性向上と安定化のため、インラインでの計測とモデルを使った予測による制御の技術を備えたバイオ生産プラットフォームの開発に取り組んでいます。さらに、培養プロセスを利活用しているさまざまな製造業にも水平展開することで、生物をマイクロプラントとする新しい生産システムの実現を通し、産業の発展への貢献を目指しています。

また、食品分野でのバイオテクノロジーの取り組みのひとつをご紹介します。食のグローバル化の拡大や遺伝子組換え作物の増加、HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Pointの略称、食品原材料の受け入れから最終製品までを工程ごとに管理して食品の安全性を確保する手法)システムの義務化や、農産物の国際貿易の拡大を背景に、消費者の「食の安全」への関心が世界で急速に高まっています。しかし、微生物の混入などを検査する安全検査では、細菌による汚染を調べるためには細胞の培養が必要であり、どうしても細胞を培養する5日間程度の時間と高度な熟練操作を要するという状況でした。この状況を変えるために、YOKOGAWAがこれまで培ってきた計測技術と新たな遺伝子技術を融合させ、迅速で操作性に優れた微生物検査方式の開発に取り組んでいます。この方式が実現すれば、現場で60分という短時間で、オンラインかつリアルタイムに微生物の混入を正確に計測できるようになります。この技術は、食品メーカのオペレーションコストの低減に大きく貢献するのみならず、将来的には空港での感染症の水際対策などの幅広い分野への応用も可能で、さらなる波及効果が期待できます。

未来の研究者たち

近年、バイオテクノロジーの進展は目覚ましいものがあり、第5次産業革命ともいうべき大きな変革をもたらす可能性を秘めています。食糧・医療・エネルギー・環境といった21 世紀に人類が直面する地球規模の難問解決に大きく貢献し、産業としても大きな発展につながると期待されています。バイオ分野でのYOKOGAWAの取り組みは、「お客様との共創」を基本に研究開発活動を進めています。お客様にとって真に価値があるものを創出するためには、お客様とともに課題やニーズを掘り起こし、課題を解決するために必要な技術を共同で開発・実証し、議論を繰り返すことが不可欠です。YOKOGAWAはこれからもお客様との結び付きをより強固なものにして、お客様とともに新たな価値を創出し続けます。